写真家 日比遊一さん インタビュー

      2015/08/16

日比遊一

ただ単純に、そう見せたいんです

―「地の塩」の作品を拝見して、自分が体験したわけでもなく、知らない風景なのですが…懐かしさを感じました。日比さんご自身の幼い頃の記憶として、このような原風景があるのでしょうか。

写真を撮る時に僕の中にあるのは、「憧れの西洋」と「想い出の日本」と言えばいいかな、その2つなんですよ。僕は1986年頃から海外に出るようになったんですが、どこか自分の中で覚えている風景を切り取ったんだと思いますね。だから「懐かしく思う」というのは、そういう理由かもわかりません。ただ、僕もあの時は奄美大島に行ったことがなかったですから。祖母や両親と関わってきた、子供の頃の記憶なんでしょうね。

たいてい僕の写真は、ポスターやファーストフード店のロゴなど、なるべく入らないようにしているんですよ。入ってしまうと時代がわかるじゃないですか。「この写真はいつ撮ったの?」ってよく言われるんですけど、いつの時代にとったのかわからないような写真にしたい、という理由があるのかもしれません。

例えば…総理大臣の記事の新聞が写っていたら、「あ~、あれは2014年だったな」ってなるじゃないですか、そういう物を入れるのがあんま好きじゃないんですね、だからタイムレスな物にしたい…というのは無意識にあるのかもわからないですね。

―斜めに切り取られたフレームの外に物語の広がりを予感させます。そうした「見た人に自由に想像してもらいたい、感じてもらいたい」というような意図があるのでしょうか?もしくは「このように感じてもらいたい」という狙いがおありなのでしょうか?

どちらかというと後者ですが、無意識にやっていますね。無意識と言ったら格好つけすぎですけど、「こういう風に見せたら」っていうのはないんですよ。

例えば、昔だったら写真のフィルムは24コマか36コマあるわけじゃないですか。その中で撮ったものを3人が「選ぶ」という作業をしても、3人が3人とも違うんですよ。「どれを作品にするのか」って。撮った同じ写真を3人に渡して、作品用に3枚だけ選ぶとするじゃないですか。その3枚を選ぶのも違う。その後の編集…1枚ずつを「四角いフレームの中でどういう風に見せるか」っていうのもまた違ってくるんですよ。

だから、意識をしていないって言ったら嘘なんですけど、自分が見たい風に構図を作っているだけで、「こうやって見せたら、こう想像してくれる」なんて、そんなことは考えてないですよ。それがちょっとダメなのかもわかりませんけど(笑)。ただ単純に、そう見せたいんです、僕は。結構面倒くさい作業をやっているんですけどね。映画も同じ、自分が見たい映画を撮りたいです。「やっぱり僕も作り手なのかな?」と思うところはそこですよね。

日比遊一

「ありがたい」と思った経験をしてるから、人にもそうしているだけなんです

―今回の個展では「手紙」が大きく、島の人々との交流を懐古するような想いを感じました。「人」との交流を宝物のように大事にされる方なのだと。ご自身ではどのようにお考えですか?

作家である前に、そういう人でありたいとは思いますよね。だから、お世話になった人にはなるべく手紙を書くようにしています。Eメールとかじゃなくてね。手紙をもらうと嬉しいじゃないですか、出すのも嬉しいですけど。自分がもらって「ありがたい」と思った経験をしてるから、人にもそうしているだけなんです。

僕の宝といったら、人からもらった手紙ですね。全部取ってありますよ、今まで人からもらった手紙は。それだけは1枚も捨てていない。だから、やっぱり手紙と写真っていうのは、自分の中のコンセプトになっていますね。

日比遊一
―渡米されて、言語、文化、経済的な問題など、不安な要素がたくさんあったことと思います。そうした問題とはどのように付き合ってきたのでしょうか? もしくは、そうした不安はご自身にとってたいした問題ではなかったのでしょうか?

いやぁ、若さってやっぱりすごいんじゃないですか。うん、それだけだったと思いますけどね。残酷にもなれるし、アグレッシブにもなれるし、パッションもあるし、それだけで走ってきた30年ですよね。

若かったから、だから何でもできた。お金がなくても、言葉が通じなくても。名古屋人ですからね、ずうずうしいんですよ(笑)。

いつのまにか撮ることがすごい楽しくなっていた

―なぜカラー写真ではなく、モノクロなのでしょうか?

当時、僕がアメリカで俳優をやっていた頃、オーディションへ参加するために自分の写真、ポートフォリオが必要だったんです。

その頃はモデルの仕事もやっていたので、カメラマンの人達に「君の作品のモデルになるから、僕のオーディション用の写真も撮ってくれ」と、交換条件みたいな感じでお願いしていたんですね。まだ写真はフィルムの時代でしたから、ラボ(=写真の現像所)に行くわけです。そこで俳優たちも、仕上がってきたコンタクトシートっていう、36フレーム入っているシートを見て、どの表情がいいか選ぶわけですよ。

そこのラボの社長とすごく仲良くなれたんです。その頃に僕は永住権を取ったんですが、当時は永住権が取れると自分の国に帰り、そこで最後のスタンプをもらわなければならなかったんです。今は違うみたいですけどね。それで、日本に帰るという時になって僕は、「ヨーロッパやアメリカとかいろんな国へ行っていたくせに、自分の生まれた国を全く知らないな」というのに気づいたんです。その話をしたらラボの社長が、「じゃあ、このカメラ貸してやるから、記念写真を撮ってこいよ」と。

その彼のラボが、モノクロ写真専門のラボだったんですよ。当時はまだ写真なんか撮ったこともなかったんですけど、「白黒写真か…あぁ面白そうだな」と思って始めたのがきっかけです。で、いつのまにか撮ることがすごい楽しくなっていた。だから、写真家になろうと思って撮った写真じゃないんですよ。今回の展示の写真は。

今では自分のカラー写真も撮りたいんです「どんな色になるのかな」ってね。でも必ず両方撮る、カラーと白黒と。そして後から両方見る。するとやっぱりね、なんか白黒がしっくりくるんですよ、それはなぜか説明できないんですが。

ふだん人が見れない感動…そういうものを与えたい

―「AN ORNAMENT OF FAITH」の映像では人々の表情がとても苦しそうでした。「地の塩」でも手の皺の写真が胸に残ります…日比さんにとって生きることを謳歌しているような幸せな表情よりも、悩みや苦労が刻まれた人の方が被写体として魅力的なのでしょうか?

別に意識しているわけじゃないんですが、撮る被写体もそういう人達が多いんですよ。例えば道で寝てる人達とか、誰とも喋っていないような人とか、そういう人の方が僕は興味を持つんですよね。世の中のはぐれ者っていうのかな、なんか世の中に認められていないようなね。

興味を持つ人には共通点があって、パッションがある人なんですよ。僕の作った「AN ORNAMENT OF FAITH」に出てくる女の子も、一生懸命生きようとしているんです。彼女なりに置かれた運命というか、家族、その戦いの中でね。ストーリーとか作品にするなら、ふだん人が見れない感動…そういうものを与えたい、それが自分の目指すものですね。

―「家族」について、想っていらっしゃることをお話いただけますか?

家族っていうのは人それぞれ違うものですけれど、親だとか子供だとか、血が繋がっているという関係だけじゃないですよね。血が繋がっているからすごく深いことまで考えられる…というわけではないですよ。

僕はね、人の死に目に一度も会えていないんです、父親も、母親も、弟も。それは外国に住んでいる運命なのかもわかんないけれどね。アメリカに住んでいた、僕にとって父親みたいな人がいるんですが、その人も最近…亡くなりました。なんて言うのかな、父親だから母親だから家族と思うだけではなく、血は繋がっていなくても、時には親友の方がそういう風に思える人っているじゃないですか。

だから「なんなんだろう?家族って?」って思う。それは一つのテーマであると思うんですけれどもね。自分の持って生まれた運命っていうのかな。なんでその家族に生まれたのか? とか、「AN ORNAMENT OF FAITH」でもそうですけど、自分が受けた運命というか、そういうものを受け入れることが人生の課題ではないかな、と思うことはありますよね。それがテーマなんですよ、「AN ORNAMENT OF FAITH」は。

例えば両親に、「こういうことを言いたかったのに、結局言えなかった」とか、そういうのってずっと残るじゃないですか。ただ、そういうのって大抵の場合、亡くなってからじゃないとその大切さが分からなかったりとかね? だから、家族とか…人のことを好きになったりするっていうのは、なんなんだろうなって思いますよ。自分がそういう風に思っていても、必ずしも相手がそういう風に思ってくれるとは限らないし、人生ってのは。

日比遊一
―役者、映画監督、写真家・・・表現する活動を続けていらっしゃいますが、例えば絵を描くなど、幼い頃から表現することが好きだったのでしょうか。「自分はこれが好きだ」と自覚するようになった印象に残っているエピソードなどあれば教えてください。

僕はスポーツしかやっていなくて、アートなんてやったことがなかったんですよ。スポーツ選手に憧れていました。スポーツって分かりやすいじゃないですか、例えばオリンピックだと金銀銅、走るのが早ければなんと言われたって「俺のほうが早いぞ」ってね。だから…学んだことっていうのはスポーツですよね。例えば10秒とか。

1,2,3,4,5,6,7,8,9,10と、運動でやっている10回というのはいつも数えていますから。10回、10秒の大切さというのを知っているわけですよ。たったの10秒がものすごく長く感じたりとかね。8回はやれるけど、10回はできないとか。そういうスポーツで学んだ辛抱だとか、覚悟だとかが、必ず作品の中に入っていると思う。

作家と言ったって、結局はその人の生き様が作品に出ます。映画の世界も写真の世界も100年とか150年経っているわけですから、いろんな人がいろんな事をやってきているわけですよ。

例えば、恋愛モノは恋愛モノでしかないけど、その恋愛モノを自分の中でどう処理して、どう調理するかってことじゃないですか。スパゲティーはいっぱいあるけど、自分で作るスパゲティーはどういう味付けにするか…というのはその人が決めること。

定番としてはあるわけじゃないですか「恋愛モノはこう」だとかね。だからやっぱり、その人自身の生き方にオリジナリティがないと、その人のものになりきれないし、真似になっちゃうと思うんですよね。

自分の思うように生きることが一番ですよね

―今までの人生の中で、感動した経験をお聞かせください。

じつを言うとね、つい最近あったんですよ。40年ぶりに小学校の同窓会をやったんです。そこで感動したことがあります。

自分たちが当時からず~っと、それぞれ抱えてきた小さなエピソードだとか、小さな傷だとか、それって今の自分の糧になっていたりするじゃないですか。人間って、先週の事は忘れているけれど、小さい頃の事ってすごくよく覚えてるでしょ(笑)。みんな酒に酔って、そういう話が色々出てくるわけですよ、一人一人のね。「あの時はあ~だったよね~」とか。その時に、「うわぁ~、え!? あれってそういう事だったの?」って、みんなそれぞれが勘違いとかしていてね、40年間も。

人間って、なんて浅はかというか…それぞれが引きずってきたものとか、糧になっていたりしたものが、あまりにも勘違い(笑)。それを改めて発見したってことにものすごく感動しましたよ。

でも人間って、それがあるがために頑張ってこれたりとかね。日本語で「こんちきしょう」って言葉があるけど、英語にはないんですよ、日本人の言葉なんです。40年も「ちきしょうちきしょう」って思っている人間がいたとしたら…僕の話なんですけど、「え~!?」って感じですよね。

小さい時のコンプレックスというのは、大人になってもすごくあって、そういうのが一杯ですからね、50才にもなると。「あん時はあ~だった」って話が「え~!?」っていうことばっかりで、ものすごく感動しました。40年経ってからわかる? みたいな(笑)。

だけど「人生ってこんなもんなのかな~」とも思いましたよ。「うわ、生きてるとこういう経験もするんだ~」「あぁ、生きててよかったな~」っていう、不思議な感動でした。自分勝手に「あいつはこうだ」とか考えこんでいても、答えはないんですよね。それが一つ学びになりました。だから…自分の思うように生きることが一番ですよ、ほんとにね。

写真家 日比遊一 プロフィール

写真家日比遊一愛知県名古屋市出身。ニューヨーク在住。
作品は世界各国の著名なコレクションに収蔵されている。
米NYタイムズ紙は日比の作品を、「夜景に映し出されたその “沈黙と孤独” は、瞑想によって達することの出来たエクスタシーのようなものを感じさせてくれる」と称した。
映画監督としては、写真家で映像作家でもあるロバート・フランクのドキュメンタリー『A Weekend with Mr.Frank』を製作(編集、製作指揮は『未来を写した子どもたち』で 2005年、米アカデミー賞ベスト・ドキュメンタリー部門を受賞したロス・カフマンが担当)。
2013年、長編プロジェクト『ロード・キル』がカンヌ映画祭<アトリエ部門>にアメリカ代表として招待された(2015年冬に撮影予定)。この部門では日本人として初参加となった。
2014年、長編映画『オーナメント・オブ・フェース/ヤズの祈り』が完成。IFP(*)は本作を、2014年デビュー作の中のベスト25に選んだ。

日比遊一(ひびゆういち)
ホームページ<http://www.yuichihibi.com/>
日比遊一個展『地の塩』| 東京画廊+BTAP(5月23日(土)まで開催)
An Ornament of Faith(TRAILER映像)

 -interview

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